銀河教室

私が人と話さなかった頃

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コミュニケーションが苦手
人とうまく話せない
自分を出せない
とご相談の中で多くお聞きします。

私もそうでした。
人と話すのがとっても苦手
そのくせ、寂しがり屋でホントは話したい。
だけど自分を素直に出せない。
だって正直に出したら、嫌われるんじゃないの。
こんな私なんて、誰も受け入れたくないでしょ。
といった思いがありました。

今は特に苦手とは感じません。
コミュニケーションが得意かといったら
どうなんだろう?という感じですが(笑)
この2年の間に、気にならなくなり
特に悩みではなくなりました。

そもそもがコミュニケーションが苦手というより
人と話さない私でした。
それは自分を守るためでもありました。

誰とも話さない。
感情を出さない。
そう決めたのは、小学校に上がった頃です。

なぜかというと、何か言葉を発すればあげ足をとられて、バカにされる。
感情を出すこと、例えば思いっきり笑ったとすると
それを制するように怒られて、悲しみの方にもっていかれる。

それで気がつきました。
そうだ、誰とも話さず、気持ちを出さないようにすれば、傷つくことはないと。
子供なりに自分を守る方法を考えたのですね。

ちなみに、この頃に欲しかったドラえもんの道具は「石ころ帽子」
それを頭に被ると、道端に落ちている石ころのような存在になり、誰にも気にとめられないというものです。

そんなわけで学校でも家でも話さない
私は能面のような子供でした。
唯一、話したのは妹とペットでした。
幼なじみとも、小学校の低学年までは遊んでいましたが、次第に遠ざかっていきました。

だけどそんなことを続けていると
孤独になっていくものです。
孤独は、生きることの気力を奪うものでした。

9歳の頃から、どうやったら人に迷惑をかけずに、死ぬことができるのか?ということを、ずっと考えていました。

ただ死にたい願望を抱えながらも
どこかで生きたいと思っていた。
その両方でずっと葛藤をしていました。

唯一の逃げ場は、本の世界。
いろいろな物語の中で、私は自由になれたのです。
でも本を読むことも邪魔をされるので、よく押し入れに隠れて読んでいました。
(結果、視力が落ちました)

そして孤独に堪えかねて、高校入学と同時に変わろうと決意しました。
もう孤独なのは嫌だって思ったんです。
そこから、人と話すように努力をしました。

とはいえ、それまで話さない私でしたから、いきなりできるわけでもなく
もっぱら聞き役がほとんどでしたが
友人を持つことができたのは、大きな一歩でした。

そして就職をし、仕事をする中で
人と話をすること、自分のことを伝えることが、とても苦手で
恋愛も仕事も、なかなかスムーズにはいきませんでした。

話をしないということが、自分を守る術で取れないクセのようになってしまっていたからです。
しかも早くこの人生を終わりにしたい
という願望をずっと持ち続けたままでした。
それは2013年まで、続いていました。

人生を終わりにしたい願望は、今ではすっかりありません。
変わるきっかけとなった要因は、いくつかあります。

以前から私を知る人は、「変わったよね」と言います。
でも私としては変わったというより、
本来の性質の私に戻っていった
という方がピッタリきます。

 

長くなったので、続きはまた♪