天王星の牡牛座時代スタート

天王星が牡羊座に入ったのは、2011年3月12日でした。
この間、私は私であるという
本来の自分に目覚める時です。
(社会的にはエネルギー革新の時代でしたが、こちらのブログでは個人レベルの話をします)

これが私!というものを、発見する7年だったのではないでしょうか?

牡牛座に天王星が滞在するのは
2018年5月16日~11月7日
いったん牡羊座へと逆行して
2019年3月6日~2026年4月26日です。

ところで、三位一体

こちらを占星術で当てはめると
魂は冥王星
精神は海王星
身体は天王星
となります。

魂と精神と身体の統合をしていくことで、私たちは真に自分を生きることになるのだと思います。

身体の感覚を司る牡牛座に天王星ですので、より身体の目覚めの時代になっていきます。

物質的な限界点の土星までの波動は、とらえやすいのですが
天王星以降の遠い天体になると、細やかになり分かりづらくなります。

順番としては
冥王星
海王星
天王星
土星
木星
火星
太陽
水星
金星

地球

地球から冥王星に向かって遠ざかるほどに、細かい波動になるので感じにくくなります。

月は最もわかりやすい感情、こころ、身体を司ります。
そして金星は、月の部分を守る形で、身体の感覚(五感)を司ります。

月の部分である、こころや身体の声を無視していたり
金星の部分の、身体の感覚、心地良さやトキメキ、好きなもの、美意識をないがしろにしていては
それ以上の遠い天体のエネルギーを、感じるのは難しいです。

こころ、身体の部分を大切にしていくこと~月と金星を満たすことで
次第に遠い天体の細やかな波動を捉え、宇宙や自然と共に生きることに繋がります。

天王星以降は、物質の限界である土星の向こうですので
エネルギー、波動の世界になります。

天王星が身体というと、ちょっと不思議かもしれませんね。

身体はただの肉の塊ではないですよね。
分子間で見れば、細かい振動を起こしているし
気が経絡を通り、全身を巡っています。

さらに身体の物質的なものを超えて、広がるエネルギー的な身体もあります。
チャクラ、マカバ、ライトボディーと、身体ってどれだけ多次元的な構造になっているのか、面白いですね。

この目に見えないけれど、確かに身体の波動としてあるものを、天王星が司っています。

ところで「健全な精神は健全な肉体に宿る」ということわざがありますね。
身体が健全であることで、精神だけでなく、魂もしっかりと自分のど真ん中に座るのだと思います。

神社に例えると、身体は社(やしろ)です。
神殿と言ってもいいですね。

社がガタガタで整備されてないと、どうでしょうか?
神さまはちゃんといるのでしょうか?
手入れのされていない神社を思い浮かべてみてください。
ちょっと怖いですよね( ̄ー ̄;

これは自身にも当てはまりますね。
身体という神殿をピカピカに磨いていくことで、 精神も魂も安心して真ん中にどーんといられます。

三位一体~魂(冥王星)、精神(海王星)、身体(天王星)の統合ですね。
そうすることで、真に魂の声を聴く、魂の観点で生きることに繋がっていくのだと思います。

天王星がおうし座に入っていくことで、さらに身体で敏感に波動を捉えることが増えてくると思います。

身体は大切なこの人生の乗り物です。
身体の目覚めの時といっても、いつも身体を無視していては眠ったままです(笑)

目に見える部分も、目に見えない部分も、両方整えていくことが大切ですね。

天王星が牡牛座にある時代、より細かい波動をとらえていくことになり
また小宇宙であるこの身体を通して、より宇宙を知っていくのだと思います。

そして天王星が牡羊座にあった時に見つけた「これが私!」を
さらに現実的に活用していく時でもあります。
この世界へ自分という存在を顕していく
そんな時なのでしょうね。

覚醒メモ②~質的転換

前回の覚醒メモ①の続きです。

魂が身体という社(やしろ)に納まったといえども
それをしっかり定着させ、括り付ける必要はありました。
これでやめてしまったら、快苦、ポジティブとネガティブで揺れ動く二元の世界へと、後退するであろうことは感じていました。
自分がバラバラな状態に「もう二度と戻りたくない」という気持ちも強かったのです。

何度も何度も站椿により、こころと身体を揃え
自身を内観していく作業は、一見地味で辛い修行に感じるかもしれません。
しかしこのプロセスでの確かな成長を味わい、「結果的に」多くの収穫がありました。
(このあたりは今までブログに書いてきましたので割愛します)

今までの取り組みは、覚醒に至るまでの基礎を固めるようなものだったと思います。

それはエネルギーの量を増やし、質を高め、燃焼を良くし、
エネルギーの器である、身体を強くすることでした。
やっと質的転換というのは、こういうことだったのか!という感じです。

私はスピリチュアルにどっぷりだったころ、覚醒すること、無になること、サイキック的な能力をのばすことを目的としていたんですよね。
まあ「欲」ってやつですよね。
その欲には、いろんなものが吸い寄せられてきますからね。
そして、エネルギー枯渇状態に陥ったわけです。

この2年半あまりの私のプロセスは、「安全に」覚醒にいたるものであると思います。
そして、誰にでもできることです。(意志さえあれば)
特に覚醒を欲していたわけではなく、ただ集中して取り組んでいたら「結果的に」なったものです。
妄想の入り込む余地のない、現実的に体感が強く伴うものです。

あれだけ怖がりシャットアウトしていた、スピリチュアルの世界はもう大丈夫です。
魂がどっかりと自分の中心にあるから。
しっかりと大地と接続されているから。
自分の目で判断できるから。

闇の部分を見てきたし経験もしましたが、何にでも光と闇の部分はあるものです。
良い悪いもないと、今では思います。
違いを分かったうえで、自分が選択し活かしていくかが大切なんですよね。

そして大事なことは、他者から、どこか崇高な存在から、もらった答えではないということ
全て自分の中から気付き、発見し、答えを得たものであることです。


また覚醒したからこれで終わりではなく、ここから私の本番が始まるのだろうと感じています。
螺旋のように上昇していくものですからね。

そして、脳の体感に伴って、もうひとつあります。
それは、見える世界が変わったことです。
視界が変わっちゃいました。

それについてはまた続きます。