銀河教室

覚醒メモ①

熊野合宿以降、私の中で大きな変化があったので
自分の記録のために残しておこうと思います。
またこれを読む方にも、何かしらのきっかけにもなればとも思います。

熊野から日常に戻り、またいつものように朝のボディーワークをしていました。
站椿(たんとう)をしていると、脳内がむぎゅむぎゅ動く感覚がありました。
これは今までの練習では無かった体感です。
(師匠の施術中はそういったことはありましたが)
それまでは脳の中より、延髄部分の爽快感がありました。

熊野から戻り一日目、二日目はなんか動くなあという感じでした。
三日目にはスコーンと何かが抜けるような感覚が起こり
なんとも脳内が気持ちが良い!のです。

例えていうなら、何日も便秘だったのが開通した後のようなスッキリ感です。
(こんな例えですみません)
脳の中のどの部分か内観してみると、間脳あたりでした。
そこがまるでスペースが空いたようで、スッキリ爽快感!
なんだこれ!でも気持ちいい!

しかも站椿を終えても、そのスッキリ感は絶えず持続しています。
さらに内観してみると、どうも松果体を中心に何かがほどけたようです。
イメージ的には固い蕾が、ふわっと花開いたよう。
今までどれだけ、ギューッと小さく縮こまっていたのでしょう。

松果体については、メラトニンを作るくらいしか知識が無いのですが、
感覚的には第三の目と関係しているような・・・。
これは感覚的なものだけなので、また調べてみようと思います。

松果体を中心とした体感が起こると同時に、私の中でひとつのブロックが消えたのがわかりました。
私、今までスピリチュアルやサイキック的なものを、シャットアウトしてきたんですよね。
(このスピリチュアルブームと逆行して笑)
それが、そろそろ受け入れてもいいんじゃない?というのが、奥から湧き出てきました。

はい、このタイトルにもつけましたが「覚醒」という言葉を使うことさえも、嫌だったんです。
友人に言わせると「相当、頑なに」拒んでいたそうです。

以前の私は、スピリチュアルな世界にのめりこんでいました。
でものめり込むほどに、自分がバラバラになっていったのです。
自分の考えさえもわからない、常に頭にもやがかかっているような状態でした。

視える人によると、身体から魂が部分的に離脱していたそうです。
それが本当かどうかわかりませんが、不安定だったのは確かです。
身体がとにかく動けない、エネルギー枯渇状態でした。
簡単に、自分ではない他者に明け渡してしまっていたような状態でした。
これが2年半前のこと。

そこからスピリチュアル的なことはシャットダウンして
ボディーワークに専念してきました。
特に站椿は時間をかけて取り組みました。
一番大変だったのが依存体質からの脱却でした。

取り組み続けるうちに、頭にかかっていた「もや」が取れて、自分の考えがはっきりしてきました。
身体がどんどん丈夫になり、まともに日常が過ごせるようになり
身体の力が上がると同時に、こころも強くなっていきました。
少しずつ少しずつ変容を重ねていきました。

約一年前、山下先生の秋のざんざ亭での合宿を機に、大きな変容がありました。
(仮面の女神に出会ったのも大きかった)
はっきりと心と身体が結び合い、魂が響き始めたのがわかりました。
この時期は、ちょっとしたことで心が震えて(感動して)泣いていましたね。

この時、魂が身体という社(やしろ)に、完全に納まったのだと思います。

長くなったので続きはまた。

  

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