銀河教室

どちらかだけでは限界がある

先日「小静さんのように教えたりする人でも、セッション受けたり身体の調整してもらったりするんですか!?」
と不思議そうにご質問がありました。

これは、人様に何かを提供する立場なら、当然のことですし
逆にそうだからこそ、もっと必要なことだと私は捉えています。

セッションだろうが、ボディーワークのレッスン、ヒーリングでも
全て自分のエネルギーが乗っていきます。
いつでも自分の内は、クリアにしてなければと思います。

これは昔のセラピスト時代でも、思いは同じだったのですが
ひとつ失敗したことがあります。
それは全部、自分でなんとかしようとしていたことです。

当時は瞑想をしっかりして、自分でセルフケアもやっていました。
たまに誰かにサポートしてもらいたいという気持ちはありましたが
こういう仕事に就いたのなら、自分のことは自分でなんとかしなさいという周りからの叱責もあり、私も一人で頑張らなければと努力してました。
(こういう時代でもあったし)

おかげさまで、一人でなんとかしようとしても限界があることを、その時に身に沁みてわかりました。
結局、仕事ができなくなってしまったのですから。
成長、進化も一人では限界があり、どこかでストップしてしまうのです。

自分で内観することは、とても大切ですが
一人では気付かないことってたくさんあります。
他者の視点があるからこそ、こころも成長、進化していけるんですよね。

そして、身体に関してもそうです。
私は子供のころから見かけに反して(笑)身体が弱かったので
若い頃からすでに健康オタクでした。

他者に施術してもらうことも好きで、カイロプラクティックやマッサージなども行ってました。
施術してもらうと、身体の歪みも整いとても楽になります。
でもしばらくたつと元通りになって、身体が重くなってしまいます。
普段の身体のクセや習慣が変わらないと、施術をしてもらっても時間がたつと元通りになります。

やはり自分で整えることも、やっていく必要もあることは感じましたが
なかなか本質的なものには、出会えないままでした。

そして今の站椿(たんとう)を中心とした、ボディーワークを始めてから
4年前とは別人レベルで、細胞レベルでの総入れ替えしたように、身体が変化していきました。
さらに心と身体を自分で整えることは、マニアックさが増してきました。
ちなみにこのおかげで、エネルギー的なことにも体感が増したというのもあります。

しかし、自分で整えることのマニアックさはありながらも
他者に整えてもらうことは続けています。

自分ですること
他者にしてもらうこと
両方が必要です。
どちらかだけでは、限界があります。

自分ですることの利点は、自分で良くしていこうという、自立のこころが育つところです。
やはり、まずは自分がどうしたいのか、どうありたいのかというものがないと、他者にどんなにサポートしてもらっても、いまいち受け取れなかったりします。

自立って自分一人でなんとかするものではなくて、
自分でできる領域はちゃんとやって、できないところはお願いするという
見極めができることなんだと思います。

両方を良いバランスでやっていくことで、いのちの力が底上げされて、成長、進化していけます。
それがあるからこそ、周囲の人とも良い循環が生まれるんですよね。

何かを提供している人ほど、とても必要なものだと思います。
自分が枯渇状態では、良いものは人にお渡しできませんから。
それは、仕事でなくても例えば主婦でも同じなんですよね。
毎日つくる料理、洗濯、掃除の全てにも影響があるし
それは家庭の平和にもつながりますものね。